停電の夜に ジュンパ・ラヒリ 新潮文庫
著者は67年ロンドンで生まれ、幼いときにアメリカに移り住んだインド系アメリカ人女性作家だ。若手女流作家として異例の若さでピュリッツアー賞などを総なめしたという。
インド系アメリカ人というエスニックグループを題材にした短編７編と、彼女の父祖の地であるインドを題材にした２編からなる。
インド・パキスタンの地は貧しく、そのような地からそれぞれの事情で、欧州、あるいはアメリカに移民していった第一世代が味わった異文化の中での哀歌、あるいは、その子供たちの世代がアメリカ人として生活しながら、肌で感じる父祖の文化の情感、といったものが巧みに織り込まれている。
しかも、そのような情感や哀歌が、決してインド系アメリカ人だけの特殊なものではなく、全ての人々が感じる「自分の中に流れる先祖の血」という共通点を持っているだけに、共感を得たのではないだろうか。
子供の死産という過酷な出来事を境に微妙に感情がすれ違い始めた、インド系アメリカ人の夫婦。その二人の行き違った思いが、毎夜定期的に訪れる１時間の停電の間に、お互いの秘密を打ち明けあうことによって、少しずつ修復に向かいはじめたように思えたのだがーーーという表題作「停電の夜に」などは、久々にO・ヘンリーばりの短編作家の出現を思わせる。
インドからイギリスへ留学し、その後、アメリカへ移り住んだ主人公、そして写真見合いでそのインドから嫁いできた若妻の、不安と期待に満ちた新婚の日々を描いた「三度目で最後の大陸」などは、思わず二度ほど読み返してしまった。
（03年3月発行）