宇宙には意思がある 桜井邦朋 徳間書店
超マクロの宇宙論から超ミクロの素粒子論まで、物理学の探求はいよいよこの世界の成り立ちに関する仕組みを全て解き明かす段階に近づいているかと思えるほどだ。
世界はビッグバンといわれる火の玉状の一点からはじまった。そして、今後、100兆の100兆倍の更に10万倍の年数が経つと、陽子崩壊によって終わりが来る可能性も否定はできないが、今のところ無限の膨張を続けて行くと考えてもよいだろう。
素粒子論ももう一歩で「無」からスタートしたこの宇宙が、どのような過程を経て、現在のような「有」の世界となったのかを解明する一歩手前まで来ているようにも見受けられる。
まだまだ、未知のことがらは多いが、物理学がそれを解き明かす日がいずれくるであろうという楽観論には拍車がかかっている。
しかし、物理の探求が「どのようにして」という解明を進めるにつれて、改めて問われるのは、「なぜ」宇宙がこのような形でなければならなかったのかという点だ。
宇宙開闢の150億年の間に、偶然が積み重なって、地球ができ、生物が誕生し、そして人類が、宇宙の真の姿を捉えるまでに知性を発達させたと言ってよいのだろうか。
重力定数が今の数字を取らなかったとしたら、宇宙は今の形では存在していなかっただろうし、生命というエントロビー拡大の原理にそぐわない存在が誕生したこと自身が、偶然の結果というにはあまりに奇跡的過ぎる。
そこで、出てきたのが「宇宙の人間性定理」といわれるものだ。ビッグバンのその時から、いやそれ以前から、宇宙は人間の知性が今の形で存在し、宇宙そのものを認識してくれるように望んでプログラムを組んで来たのではないかという考え方だ。
因果論の逆、人類の存在を得るためにこそ宇宙は存在したという説である。
物理学が突然宗教になってしまったような違和感がないではないが、本書の著者は、最先端の物理学が到達した理論でもどうしても残る「なぜ宇宙はこのような形でなければならないのか」を、分かり易い物理学理論の積み重ねから説いていく。
物理学がニュートン以来捨ててきた「なぜ」という疑問に迫ろうとする「宇宙の人間原理」についての解説書として非常に読みやすい好著である。
私も、原因があって結果があるという因果律の縛りから離れることができないのだが、複雑系のカオス理論などは、必ずしも因果律には沿っていないことを思えば、人間原理の可否はともかく、宇宙には何らかの意思があるのではないかという考え方は、荒唐無稽ということはできないかなと思わないではない。
（01年6月発行）