私が・棄てた・女 遠藤周作 講談社
遠藤周作がこの作品を書いたのは今からもう40年近く前のことである。当時、この作品を読んで衝撃を受けて以後、遠藤周作の作品はほとんど読んだものだ。
多作な作家ではあったが、中では「沈黙」、「海と毒薬」などが彼の代表作としてあげられることが多いが、私はやはりこの「私が・棄てた・女」こそが、彼の最高傑作ではないかと思う。
必ずしもこの作品がそれほどに高く評価されないのは、この小説が「通俗小説」の形をとっている所為かもしれない。確かに、うわべのストーリーは通俗小説っぽいものがあるけれども、この小説で遠藤周作が取り上げようとしている「人間の原罪」「神は存在するのか」「自己犠牲をいとわぬ愛」といったテーマは、彼がその生涯追いつづけた小説のメインテーマそのものであり、その自らのテーマを追い求める姿勢は、まさに純文学の香り高いものだ。むしろ、通俗小説の形をとることによって、この作品がより鮮明に作家のテーマを描き出しているとさえいえるのではないだろうか。今回、何年かぶりに読み返してみたけれど、その印象は変わらない。
小さな町工場で働くミツは、大学生の吉岡との2度目のデートで体を奪われた。ミツはその憧れの大学生吉岡を切ないほどに思いつづけるのだが、ミツの体だけが目的と割り切っていた吉岡は彼女を棄てた。吉岡は就職し、社長の姪と交際しやがて結婚する。
ミツは吉岡に棄てられたことを知っても尚、彼を思い続けるのだが、人の不幸を見て見ぬフリができない彼女には、次々と辛い試練が訪れる。そして、ついには彼女にライ病の症状があらわれるのだ。恐怖に包まれながらライ病院に一人向かうミツ。
ここに入るということは、愛する者との断絶を意味するのだ。この辺りのストーリー展開は息もつかせないものがある。ミツがライ病院で見たものは、罪もないのに、愛する者からそして社会から忘れされる苦しみに耐えるらい患者達であった。
神がもし存在するとしたら、なぜ、神はこのような苦しみを人々に与えるのか。遠藤周作が問い続けたと同様に、「神」の存在に読者は思い悩むことだろう。ライが誤診であることが判明したあとで、ミツがとった行動は、そのらい病院に残り患者とともにそこで暮らすことであった。
しかし、そのミツに更に襲う悲劇的な結末。ミツを棄てた吉岡が忘れようとしても忘れることのできない「罪悪感」は、まさに「人間の原罪」ではなかったのかーーーー。
今回も一気に読み通してしまったが、読後の重い余韻はある種の、心地よさがあった。
（72年12月発行）