思い出トランプ 向田邦子 新潮文庫
名門校出身、勉強は出来て優秀なのに、常識がなく、さくらと梅の区別もできない夫に、花の名前を教えてきた妻。その夫は、妻に教わる花の名前を丹念にノートにしるし覚えることで、常識人としての素養も見に付き順調に出世を続けていく。妻もそういう頼もしいながらも、自分が優位に立てるような欠点を持つ夫に満足し、家庭にも不満なく日々を送ってきた。そんな彼女にある日、夫に「お世話になっている」という女から、会いたいと電話がかかってくる。その女の名前は花の名前にちなんでいた。
その女は、自分のようにしゃきしゃきとした感じではない、どこかルーズな感じのする水商売の女だった。そして、その女と会ったことで、妻は、花の名前を教えていた生徒のつもりであった夫が、彼女の前では妻のことを「うちの先生」といっていたこと、そして、いつの間にかその生徒が先生を超えて大きく成長していたことに気付く。と、いう直木賞受賞作「花の名前」他の、ショートショートともいえる短編13篇が収められている。
どれも、ちょっぴり、しんみりとさせる人間心理の機微を描いて、何とも、可笑しく、そして又、物悲しい。
脳卒中の軽い発作で体も思考もいささか不自由を感じている夫が、その夫の病気を期に、妙に甲斐甲斐しくなたって張り切る妻に、遊びのために獲物をなぶりものにするかわうそのような邪気を感じてしまうという「かわうそ」にしても、何とも鋭い人間観察とその描写に驚かされる。
（83年5月発行）