百 色川武大 新潮社
色川武大の私小説の代表作といわれる表題作にはぐいっと引き込まれる。
百歳を迎えようとしている父にさまざまな老耄の兆候があらわれてきた。退役軍人として後半生を恩給生活者として生きた父を取り巻く主人公、その弟、母を巡る淡々と描かれているのだが、それでいてずっしりと重い。
長く父に対する服従の暮らしを強いられてきた母は、戦後、その父の束縛を避けるように小商いをはじめ、自分の居場所を作った。主人公は、無頼の生活を送り、今はそれなりに売れる作家となったが、長く母と実弟に父の面倒を見てもらってきたという負い目を感じている。父母、弟への思いが、赤裸々に綴られていて、物悲しくもある。
私小説が、どうしても自らのプライバシーの、しかもある意味では恥部を描きだすものだといことが、何となく嫌で、私小説というジャンルは余り好きではないのだが、この色川武大の一連の私小説はそのようないやらしさを全く感じさせないのはなぜなのだろうかと思う。
若き日の父親の頑迷ぶり、老いてからの老醜ともいえる日常、父と母の確執、あるいは弟との濃いい血のつながりを感じさせる関係、等々、どれをとってもきれい事などではないのだけれど、一度は無頼の日々を送ったこの作家の、誇張することもなく、淡々と描くこういった私的な部分に、何故か共感を覚えてしまうのが、不思議といえば不思議であった。
（90年１月発行）