夜中の薔薇 向田邦子 講談社
向田邦子の才能は、テレビドラマの脚本、小説、随筆という三つのジャンルでそれぞれに輝くものがあったが、好みとしては随筆を第一に挙げたい。
山本夏彦も「突然あらわれて、ほとんど名人である」と絶賛したというが、読者の共感を呼ぶ題材の豊富さ、一つの話題から次の話題へと次々に展開していく語り口の良さなどが、飾り立てた技巧を感じさせず軽妙に綴られており、又、文章が小粋で、まさに「名人」の名に相応しい。
本書は彼女が様々な新聞、雑誌などに寄稿した随筆を集めたもので、短いものなら半ページ、長いものではアマゾン旅行記のようなものまで、長短はまちまちだが、どれも、向田邦子という魅力ある自立した女性の人柄が、飾らない形で表現されている。
中々気に入った手袋がみつからず、風邪を引くほどにやせ我慢して手袋なしで過ごした25歳の冬の思い出を語ることからはじまって、50歳近くなる今も、人生には自分の気に入る「何か」があるはずだと求め続けて生きてきた自分を振り返るという珠玉の名編、「手袋を探して」などは、「向田邦子版 女の一生」とでもいったタイトルでドラマなり小説にしたら面白いだろうにと思った。
（84年1月発行）