生命の起源 ロバート・シャピロ 朝日新聞
この広大な宇宙も今から約150億年前のビッグバンによって極小の一点から生まれたといわれている。無から現在の有の世界が生まれたという物理学的な解説には、不得要領の部分はあるにせよ、かなりの部分納得してしまうところはある。
しかし、地球誕生の10億年後、今から35億年前に、有り得ないような偶然が重なった結果、生命のない有機体から生命が生まれた、すなわちある時「生命なき物から生命が生まれた」といった類の生命誕生の科学的起源論には、どれだけの理論的な根拠を与えられても、中々納得がいかないのはどうしてだろうか。
余りの謎の深さに、人類は長くそれを「神」の仕業であるという宗教に逃れることでこの問題から逃避していたし、今もその傾向は続いている。しかし、これを明確に否定すべき科学の側の論理も実にあやふやではある。
大冊の生物学辞典も、もっとも根本的な問題である「生命の起源」については、最初の数ページに実に曖昧な解説を載せているにすぎない。生命工学といわれる分野がどれほどの発展を遂げようが、生命がどのようにして生まれたのかが解明されない限り、砂上の楼閣のような気がしないではないのだが。
「地球上の生命はどのようにして生まれたのか」という謎こそが、科学の最大の謎といえる所以であって、その解明の可能性は、宇宙の起源論ほどにはは決して高くはないのだ。
本書は生化学者である著者が、生命の起源に迫った様々な科学的な説、すなわち、化学物質スープ説、粘土起源説、宇宙飛来説等の概要や、それらの説の矛盾点を語り、更には、宗教や神話においては、「生命の起源」がいかに扱われ、そして科学と宗教は生命の起源においてどのような論争を続けてきたのか等、人類が長く挑んできた最大の謎「生命の起源」にまつわる試行錯誤の軌跡をユーモアを交えて論じたものだ。
宗教が生命の起源を全て「神」という絶対性に求めてしまうのとおなじように、科学も又「偶然」という絶対性に求めていることが述べられ、その偶然の確立が数学的に考えると、全く確立ゼロ以下とも言ってよいほどに有り得ないことだと示されると、いやはや、再び、地球上に何故生命が発生したのかという不思議さに、呆然とする思いがする。
（88年10月発行）