昭和史の謎 “檄文”に秘められた真実 保阪正康 朝日文庫
広島の原爆慰霊碑の「安らかに眠ってください。あやまちは繰返しませぬから」が、戦後の日本の平和思想を過った、空辣なものにしてしまった淵源であるように、一言の言葉が、世の中を動かしてしまうということは、確かにあるようだ。
昭和史研究家としての著者の実力は抜きん出たものがある。それは、実に綿密な資料の読み込みと、何しろ、正統派ジャーナリスト手法での多くの実地のインタビューに裏打ちされていることが、その構想力と力のある文章のバックボーンにしっかりとあるからだろう。
本書は1980年に単行本として発行されたものに、80年以降の“檄文”を4項加え、更に若干の加筆訂正を行ったものだが、すでに20年前に、これだけの迫力を持って昭和史を探求した著者の力量にはあらためて感心させられた。
檄文というくくりはされているが、その内容は多岐にわたる。2.26事件の決起趣意書、2.26事件首魁の磯部浅一の天皇に対する「何というザマです」という憤怒の書、あるいは阿南陸相の「死を持って大罪を謝す」という遺書など実に様々な叫びが語られる。
そして、戦後の檄文としてはよど号犯人たちの犯行声明「明日のジョーになる」やら、三島由紀夫の何とも空辣な自衛隊員への檄文、そしてグリコ・森永の犯人からの警察への挑戦状「けいさつの あほども え」等々と、バラエティーに富んでおり、確かに、これらの「檄文」を追うことで昭和史が、くっきりと浮かび上がってくる。
これらの「檄文」の選択にこそ、この著者の昭和史に対する高い歴史的価値観があらわれていると言えよう。
（03年8月発行）