毛沢東を超えたかった女 松野仁貞 新潮社
共産主義の矛盾を覆い隠しながら資本主義を採用するという何とも奇妙奇天烈な「社会主義市場経済」は、いってみれば剥き出しの欲望社会、すなわち「モラルを欠いた資本主義」そのものであろう。
マックス・ウェーバーいうところの「資本主義の精神」を欠いた資本主義もどきの制度が生み出すのは、欲望優先社会であり、際限のない腐敗と、弱肉強食、社会道徳の退廃ではないだろうか。
中国は確かに物質的には豊かになってきたかもしれないが、その道徳の退廃は目を覆うばかりだ。こういう形での「発展」が一体、どこに行き着くのかと考えると、他人事ながら何とも恐ろしくもなってくる。
そんな極端な考えが思い浮かぶのも、今年、中国最大の脱税事件の主犯として検挙された劉暁慶という怪物を実に巧みに描いた本書の読後ショックによるものかもしれない。
劉暁慶は80年代の中国映画の傑作といわれる「芙蓉鎮」において、素朴で清純な主人公を演じ、又、「西太后」においてもその抜群の演技力で高評価と人気を得た女優である。その後、改革解放けが進む中国において、その最先端を走り、モラルなき事業欲によって遂にはフォーブスにものる中国有数の億万長者に成り上がった。
劉暁慶の生い立ち、そして成り上がって行く過程、しかし、遂には中央政府の政治権力により没落を余儀なくされていくという運命は、まさに現代中国の歴史の縮図でもある。
秦の始皇帝の昔から毛沢東にいたるまで、稀代の英傑を生み出しつづけてきた中国社会の本質が、共産主義という矛盾を孕んだ制度とあいまって、劉暁慶のような怪物を生み出して行く。
そのダイナミックさと、なんともいえない薄気味悪さを感じるのは、日本社会のぬるま湯につかっているからだろうか。
（03年7月発行）