おめでとう 川上弘美 新潮文庫
川上ワールドともいえるこの作家の作品に漂うシュールで、おかし味とちょっとしたせつなさの漂う世界に結構はまっている。
川上ワールドではおなじみの熊やらかわうそやらといったものは出てこない。そういう意味では何時もよりは、一歩現実世界に近寄ったところで起きる恋愛物語といったところだろうか。
しかし、やはりちょっと現実世界からは離れたというか、ズレたところにある「川上ワールド」で起きる物語であることは他の作品と同じだ。
もっとも、現実の世界での恋愛は、物語やドラマの恋愛のようなものであることは稀で、むしろこの作品にあるように、生活とか人生の一部であるように変化のないものが普通なのだと考えれば、この川上ワールドの恋愛こそが、実は最もリアルな恋愛物語だという逆説も成り立つかも知れない。
毎週決まったようにホテルでだけ男と会う人妻の不倫とか、好きでたまらない男から別れ話を切り出された女の話とか、結構、どろどろしているはずの話が、この作家の筆にかかると、なんだか、さらっとしていて、ちょっと物悲しい話になるところが、何とも魅力的だ。
（03年8月発行）