恋文 連城三紀彦 新潮文庫
あとがきで作家がこの短編集の創作経緯に触れているが、自らの経験のある場面なり、身近な人物の一言が、物語の材料になっているのだという。しかし、それはこれらの短編の創作のためのほんの火付けの部分でしかなく、逆転逆転又逆転といった形で、折り重なっていく物語の複雑さは一重に作者の創作の賜物のようだ。
プロの作家とは、これだけの才能に恵まれた人なのかとおどろかされる。ただし、この作家の「巧さ」が過ぎてあまりに現実離れした物語になってしまいいわゆる「クサい」感じがしないではない。
結婚十年目、三つ年下の夫が家出した。昔付き合っていた女性が不治の病に犯され余命半年だという。夫は彼女には今も独身だと言ってあり、彼女の死の前に正式な結婚をしてあげたいからと、離婚して欲しいとも言ってきた。夫は自分のことを愛してくれていると確信できたし、自分も夫をいかに愛しているかにあらためて気づかされた。その切ない思いから、彼女が愛する夫に送ったラブレターとは何だったのかーーーー。表題作「恋文」だけれども、テレビドラマ化もされ大いに話題を呼んだという、こういう物語に、どうしても「クサさ」を感じてしまうのは、自分自身が歳を取りすぎているせいなのだろうか。
但し、表題作を含む5編の短編のいずれもが「巧い」ことだけは確か。恋愛小説を読んで、ちょっと感激してみたいという人にとってはおすすめかもしれない。
（87年8月発行）