天皇ごっこ 見沢知康 新潮文庫
元左翼その後新右翼の活動家であった著者はスパイ粛清事件による殺人罪で懲役12年の刑を受けた。その受刑の様子は「囚人狂時代」に詳しいが、その中でもふれられているように、著者は受刑中に厳しい制限をかいくぐりこの「天皇ごっこ」を書き新日本文学賞を受けた。
本書はその受賞作に大幅加筆訂正したものだが、その作品製作の過程からも類推されるように、内容は実に変ったものだし、その迫力は大したものだ。
刑務所、右翼、左翼、精神病院、そしてよど号事件の犯人、といった視点からみた「天皇」がテーマである。未だもって天皇は日本人にとっては小説の題材にしてはいけない「タブー」みたいなところがある。
天皇は小説の世界に限らず、あらゆる社会的ものから超然とした存在である。監獄においても、右翼、左翼、精神病者にとっても、天皇という存在がもつ呪術的な光背の力はえもいわれぬ力を持っている。
この小説はそのような意味での、天皇のタブーに挑戦しており、あっけにとられるようなところがあるが、その迫力の凄さには押し捲られてしまった。
成田闘争で戸村委員長がアジ演説を高揚させ「天皇をーー殺せーー」といった途端に左翼の集団が憑き物でも落ちたように「天皇の赤子」になってしまうーーーという場面などは、本当にああいう闘争に参加したものにしか書けないだろうし、刑務所や精神病院も著者自身の体験が基になっているというから、この小説は並大抵のものではない。
新右翼として北朝鮮を訪問しよど号犯人と会い彼らと金日成や天皇について論争するという章も、事実かどうかは知らないが、十分著者の実体験に裏打ちされているように読める。
（99年7月発行）