ことばの食卓 武田百合子 ちくま文庫
著者の「日日雑記」で、そのさりげないながらも情緒のあるエッセーに感心したものだが、この「ことばの食卓」でも、その著者の味わいのある文章は変わりない。
恐らく病床にあったのであろう亡夫に枇杷をむいてあげた思い出を、さらりと述べた冒頭の「枇杷」から、著者の子供時代、女学生時代の思い出にむすびつく様々な食べ物を題材にしたエッセーだ。
食べ物が主題になっているとはいっても、決して食べ物批評ではない。あれが美味かった、これが美味かったという話ではなく（むしろ、あれは不味かったという話の方が多いかも）、その食べ物にまつわる思い出、その時々の彼女の心象といったものであり、思ったままの気持ちを描いたものといいながら、そこにそこはかとない気品のある文章だ。
どちらかと言えば構えてしまう男性の随筆に比べ、女性のエッセーには肩を張らないものが多いように思うが、この著者に代表されるように、淡々とした日常や、心象を描いていながら何となく品のある文章こそが、エッセーのお手本といえるのではないかとも思う。
（99年8月発行）