クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文芸春秋
作家は元上毛新聞の記者であったという。この小説は、彼が記者時代に遭遇した御巣鷹山日航機墜落事故取材体験を下地に描かれたものだが、現場の経験者ならではの臨場感に溢れた作品になっている。
地方紙の記者である主人公悠木は、かつて部下の若い記者を激しい取材合戦に追い込み自殺ともいえる事故死を遂げさせた暗い過去を持っている。その事件のトラウマから一匹狼的な遊軍記者を続けていた悠木だが、史上最悪の航空機事故ともいえる御巣鷹山日航機墜落事故に遭遇し、日航機事故全権デスクに抜擢される。
大久保清事件、あさま山荘事件以来の、地元で起きた大事件に、地方紙の記者たちがどう立ち向かっていったのかという人間ドラマが展開する。その中には、大久保、あさま山荘事件の現場を経験したという記者としての過去の栄光にすがる現経営陣を含む古参と、この事件をきっかけに特ダネをものにし記者としての名声を手にしようと燃える若手との軋轢、社長派と専務派の社内権力闘争が絡んでいく。
又、事件の当日悠木とともに谷川岳の岸壁に挑む予定であった同僚記者の謎の事故から、世俗の中で生きて行かざるを得なくなった嘗ての山男といったテーマも絡んでいく。
恐らく作家の体験記的な部分が多い為だと思うが、ドキュメンタリータッチのストーリー展開には、英雄譚的なものはないし、寧ろ、主人公は挫折ばかりしているようなところもあるが、それが却ってこの物語のリアルさになっている。
最終章近くで、主人公が左遷される原因となった、御巣鷹山事故遺族に関する問題の多い投書を何故敢えて掲載したのかという点には、説明不足の感が無きにしも非ずで、必要なエピソードだとは思えないこと、あるいは、物語の後日譚の部分がちょっと拍子抜けなところもあったが、結局、夜中に読み始めて、明け方近くまで読み通してしまった。久々に「面白い小説」を堪能した。
（03年8月発行）