オヤジとわたし 早坂茂三 集英社文庫
今太閤といわれた梟雄田中角栄が首相の地位にまで登りつめ、ロッキード事件での失脚以降も厳然としてキングメーカーとしての力を持ちつづけたことが、果たして戦後日本にとって良かったのか、あるいは彼の残した金権腐敗の体質を通して日本に害悪をもたらしたのか、その評価が定まるのはまだまだ先のことであろう。
しかし、あらゆる意味でその桁外れの人物の残したエピソードは、秀吉の言動を伝えるものと同じように人々の大きな関心を呼ぶところである。
その、田中角栄の語り部としては、先日亡くなった本書の著者、早坂茂三は最適な一人と言えるだろう。
田中角栄が大蔵大臣に就任した時に、新聞社の政治部記者であった著者は秘書にならないかとの勧誘を受ける。それ以降、角栄が脳梗塞で倒れ、娘の真紀子から首を言い渡されるまでの23年間、それこそ公私に亘って角栄とともに歩みつづけた。
まさに、身内以上に角栄の身内であった著者の角栄回顧録は、生々しく面白い。角栄のあの猛烈なバイタリティーの源泉は、彼がバセドー氏病を患っていたことにあるという指摘一つにしても、なるほどと思わせるものがある。
本書の著者は、勿論、角栄讃美者であるだけに、角栄批判が皆無であることには物足りなさがないではないが、まあ、そういった多くの欠陥さえも人々に目くらましをしてしまうほどに人間的に魅力があったのが、「人間角栄」であったのだろうと割り切って読むべきかもしれない。そういう意味では、古き良き時代の政治部記者の書いた政治漫談として読むならばまさに一級の面白さと言えるかもしれない。
（93年5月発行）