江戸川乱歩傑作選 江戸川乱歩 新潮文庫
子供の頃、少年探偵団や怪人二十面相を夢中になって読んだものだが、そのころ両親からその他の乱歩作品を読むことを禁じられていた記憶がある。
怪人二十面相などにもあるいささかグロテスクでもある乱歩作品の怪奇趣味は、父母の時代ではかなりの異端であったのだろうし、そうであれば、こういった作品を子供に読ませたくないと思うのは、当時の親たちにとっては当然のことだったのかもしれない。
そんな訳で、この傑作編に集められた9編は、いずれも始めて読んだものだが、なんとも衝撃を受ける作品ばかりだ。サド・マゾの殺人を扱った「D坂の殺人事件」、人間が椅子そのものになったとしたらーーーというマゾヒスティックな願望を生々しく描いた「人間椅子」などという作品は、これが今から90年近く前の大正時代に書かれたとはとても思えない、なんともセンセーショナルなものだ。
戦争によって両手両足を根元から失い、目以外の全ての感覚も失ってただ食欲と性欲のみを旺盛にして生き長らえる傷病兵と、その若妻の倒錯の日常を描いた「芋虫」などは、これは怪奇小説というよりは、現代でも文学性の高い作品として純文学に仕分けされてもよいのではないかと思う。
ところで、この「芋虫」につかわれているモチーフはかつて衝撃を受けた反戦映画「ジョニーは戦場へ行った」で使われていたが、この映画は乱歩作品を下敷きにしているのだろうかーー。
日本のミステリー小説の草分けである乱歩の傑作選には、現代のミステリー小説界がいまだに乗り越えることのできないほどの内容が詰まっている。
（60年12月発行）