敗れざる者たち 沢木耕太郎 文春文庫
ボクシングのカシアス内藤、オリオンズの4番バッターであった榎本喜八、そしてあの何とも物悲しい遺書を残して自殺したマラソンの円谷幸吉、といった栄光の一歩手前で表舞台から去っていったスポーツ選手（競馬のイシノヒカルは「選手」という訳ではないけれど）を題材に、敗者というよりは「勝者になりきれなかった者たち」の物語6編がおさめられている。
この作品が書かれたのは、今から4半世紀も前のことであり、ルポとしての時代性はすでに賞味期限切れかというとさにあらず、このそれぞれの「敗れざる者」たちの物語は、今も普遍性を持っているように思われ、古さを全く感じない。ルポライターとしての沢木耕太郎の力量のなせる業ということなのだろう。
リターンマッチに挑む直前の輪島功一に密着し、あるいはイシノヒカルのダービー挑戦前には、厩舎に住み込んで厩務員と寝起きをともにするといった、現場に入り込んでのルポというスタイルは、このころ沢木耕太郎が草分けとなってはじめたものではないかとさえ思える。
その実地の体験からくるだけに、著者の取材対象に対する思い入れが伝わり、それがさらに「敗れざる者」ではあるものの決して「勝者とはなり得なかった者」たちのやるせなさを浮かびあがらせる。
（79年9月発行）