ダルタニャンの生涯 佐藤賢一 岩波新書
「世界でもっとも有名なフランス人」とは、あのデュマの名作「三銃士」の主人公ダルタニャンであると著者はいうが、なるほどその通りかもしれない。
ガスコーニュから青雲の志を抱いて勇躍パリに上った青年ダルタニャンが、アトス・ポルトス、アラミスの三人の銃士とともに繰り広げる物語、友情あり恋愛あり、そして忠誠と裏切りありの物語こそが「三銃士」であるが、その主人公ダルタニャンは確かに、世界の若者が一度は胸躍らせた有名なフランス人と言っても差支えなかろう。
この「三銃士」の主人公ダルタニャンには実在のモデルがいた。武人の産地として名高いフランス片田舎ガスコーニュの貧乏貴族の息子として生まれ、郷土出身の先輩銃士を頼って勇躍パリに上った青年が、その人柄と、王に対する忠誠、そして武勇によって出世の階段を上って行ったという歴史的事実があったのだ。
本書において、佐藤賢一はその実在のダルタニャンの生涯を、文献に基づき、又、その当時のフランスの政治情勢と対比させながら丹念に辿っている。
実在のダルタニャンは小説のダルタニャンのような格好のよいことばかりが彼の出世を促した訳ではなかったと。銃士隊と近衛隊との権力争いを始めとする様々な権力闘争を、上手く泳ぎ抜き、金持ちの女性との政略結婚と、その後の不幸な結婚生活、といった具合で、まさに17世紀フランスにおける男の苦闘の
一代記といった趣だが、この実在のダルタニャンの軌跡には、小説以上に興味を引かれるものがある。
「二人のガスコン」でダルタニャンとシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にした佐藤賢一が、そのモデルの実像に迫ったものということで、佐藤賢一ファンには見逃せない一冊ではないだろうか。
小説仕立てになっていなくても、彼の文章力は十分に小説の醍醐味を味わわせてくれる。まさに、「事実は小説より奇なり」ということがいえるようだ。
（02年2月発行）