千尋の闇（上･下） ロバート・ゴダード 東京創元社
「リオノーラの肖像」
「惜別の賦」とここのところゴダードの面白さにちょっとはまっているのだが、中でもこの「千尋の闇」は、謎が謎を呼び、どんでん返しや、意表をうく展開など、ゴダードらしさが十分に楽しめる。青年政治家として将来を嘱望されていたストラスフォードは、チャーチル等とともにアスキス内閣に加わり内務大臣をつとめていた。しかし、彼は突然、大臣を辞職し、マデラで失意の隠遁生活を送ることになる。
友人の誘いでマデラを訪れた元教師のマーチンは、このストラスフォードの遺した回顧録を目にする。そこには、ストラスフォードが突然、婚約者から婚約破棄を言い渡され、又、アスキー首相からも辞意の撤回を拒否された経緯が述べられていた。
一体、何が彼の突然の失脚と婚約破棄を招いたのか。マーチンはその謎を解くようにと、回顧録の現在の持ち主から依頼される。
英国に戻ったマーチンは、さっそくその捜査を行うのだが、マーチンの別れた妻の祖母が、ストラスフォードの元婚約者であることが浮かびあがってくる。又、マーチン自身にも暗い過去があり、この過去とストラスフォードの捜査とが微妙に交差してくる。
上下二巻のストーリーの中の登場人物も多く、ミステリーが複雑に絡み合う展開はスリリングだ。又、チャーチルをはじめ、ロイド・ジョージなどの実在の人物が物語りの重要な位置をしめており、フィクションでありながら、この物語に妙なリアルさを与えているが、中々巧みな方法である。また、このミステリーを通じて英国政治史的な興味も湧き上がってくる。
（96年10月発行）