あなたに似た人　　　　ロアルド・ダール　　　　ハヤカワ文庫　　

本書に納められた短編は15編、どれも「チョコレート工場の秘密」のあの不思議さを漂わせた洒落た話ばかりである。

自宅のワインコレクションが自慢の富豪の家の晩餐で供されることになった一本のワイン。美食家であることをひけらかす招待客の一人がそのワインの銘柄をずばりと当てられたらこの屋敷のお嬢さんを花嫁に欲しいと言い出した。この珍しくしかも希少なワインの銘柄を当てることは絶対に不可能だという主人との話は、行きがかりから、美食家の招待客の二軒の屋敷と娘さんを賭けるということになってしまった。フランスの一地方、しかも限られた地区のある特定のワイナリー産のものを果たして当てることができるのか。客はワインを味わいつつ、その銘柄を絞り込んでいくーーーーーー。と、いう冒頭の「味」から、読者はいきなりダールワールドに魅了されていくことだろう。

短編というと、やはり落語とおなじように、起承転結を決め、この短い物語の間に意外な展開やら、オチをつけるといった手法が用いられるが、ダールの作品はいずれも、そういった点をしっかり押さえた名人芸的なものがある。

そんな名人技を持つ作家でありながら、ダールは決して最初から作家を目指していた訳ではないという。1916年に生まれ、裕福な家庭に育ちながら、軍人としての道を歩み功績を挙げ、後に英国の武官としてアメリカに赴任するなどの全く別のキャリアーを持つ異色の作家である。

たまたま若い頃に、俳優の妻との間にできた4人の子供を寝かしつけるためのベッドサイドストーリーとして彼が子供達に話して聞かせていたのが「チョコレート工場の秘密」であるように、本書もダールがワシントン勤務となった第二次大戦後の徒然に書いたものだという。恵まれた才能に溢れた人だったようだ。

小洒落た短編を読んでみたいという人にはお勧めの一冊である。

（76年4月発行）