ナショナル・ストーリー・プロジェクト　　　　　P･オルスター編　　　　　　新潮社　　　

今なら人気のあるネット投稿サイトに集まった様々なエピソードをまとめて一冊の本に仕上げてしまうという本制作のやり方は別に珍しくはないかもしれない。

この本に集められている179本の短いストーリーは、著者が司会している全米向けのラジオ放送で、「あなたにとっての取っておきのストーリー」というテーマで募集した物語に応募した4000余りのストーリーの中から選りすぐりの物語をピックアップしたもので、まさにネット本のスタイルの走りともいえるものだ。

但し、これらの物語は「応募者自身が体験した実話でなければならないこと」「テーマは何でもよいが、短いストーリーでなければいけない」という条件で集められたものだけに、1990年代のアメリカに生きていた老若男女さまざまな階層、年齢層にまたがったバラエティーに富んだ物語となり、まさに現代アメリカの一側面を現した「ナショナル・ストーリー」集になったといえるだろう。

米国に移住してきた元ドイツ軍将校もいれば、親族がナチに虐殺されたユダヤ人もいるし、エリートもいれば、刑務所暮らしの元犯罪者もいる。

世にも不思議な物語あり、悲惨な話、愛情に関する話し、人種差別の物語あり、ベトナム戦争従軍者自身の話し、第二次大戦参戦者の話ありで、これはどんな才能豊かな作家であってもとても思いつかないような物語に溢れている。

ユーモアあり、ホラーあり、恋愛譚あり、だが読後全ての物語が、遠い昔の話しとして人々の記憶の中にあり、又それらの物語の語り手、そしてその登場人物が既に、あるいはいずれこの地上からいなくなると思うと、全てのストーリーに哀切感が漂う。

物語の一つ一つには良い物、それほどでもない物と色々あるが、全体の179話を読み終えた時の読後感は、大作の長編を読んだ後のようにずしりと心に迫るものがある。

今から約20年近く前のアメリカには、どういう人たちが生きていたのかを知るために中々面白い本だと思う。