無実（上下）　　　　　ジョン・グレシャム　　　　ゴマブックス　　　　

「法律事務所」「ペリカン文書」などをはじめとするリーガルサスペンス物で次々とベストセラー作品を発表しているグレシャムがはじめて挑戦したノンフィクション作品だ。

アメリカオクラホマ州で26年前に起きた強姦殺人事件を題材にしている。警察の極めて杜撰な捜査、実にいい加減な根拠にもとづく鑑識証拠、検察に誘導された証人たちのでたらめな証言や、あるいは自らの罪を隠蔽するためのウソの証言と、警察の違法な自白強要によって事件から5年後に逮捕、起訴されたのは地元の元プロ野球選手とその友人の理科教師だった。

そして二人の変わることのない無実のさけび、彼等にとって有利なアリバイ証言や証拠は、無能な弁護人と怠惰な警察、傲慢な検事、そして偏見をもって審判を行う陪審員たちによって無視され、二人は遂に死刑の判決を受ける。

二人は尚も無実を叫びつづけるが、死刑という余りのストレスに元野球選手は精神を蝕まれて行く。疑わしさが残る死刑判決であることを知りながらも、州は二人の死刑を執行してしまおうとする。死刑執行の直前まで行った二人だったが、彼らに光明が見えたのは、DNAという新しい捜査手法がとりいれられてからだった。

事件現場に残された精液と毛髪は二人のものではなく、初動捜査で警察が指紋すら取ることを何故か怠り、二人に不利なウソの証言をした男のものと一致したのだ。

かくして事件から17年、彼らが死刑判決を受けてから12年後に二人は漸く自由の身となった。しかし、この事件での精神的重圧で心身ともにぼろぼろになった元野球選手は釈放から5年後、わずか51歳ながら80歳の老人のようになって死んでいったのだ。彼の一生は一体何だったのかというグレシャムの問いかけが胸を打つ。

ウソで塗り固められたでっち上げばかりの証拠で二人を死刑寸前にまで追い込んだ地方検事局や怠慢な裁判官、弁護士たちは今もこの二人に対して謝罪もしていないし、自分達の正当性を主張しつづけているという。

何時ものグレシャムの作品と違い、淡々と起きた事実の描写に終始しようという今回のノンフィクションは、そのような文体ゆえに尚更、実際に起きた冤罪事件の恐ろしさを伝える。

この冤罪事件はオクラホマでおきた特殊なケースではないという。DNAが証拠としてさいようされるようになって以降、全米では既に200人近い死刑囚の無実があきらかになっているという。

冤罪は何もアメリカの一部だけの問題ではない、日本でも我々はこういった真昼の恐怖に常にさらされているということなのだろう。

ひさびさに読んだグレシャムだが、十分に堪能させてくれた。