遠い迷宮　　　　　　　阿刀田高　　　　　　集英社　　　　　　　

本書のあとがきで自身が語っているが、阿刀田高は今までに800編ほどの短編を発表して来たという。その800編の内、2000年までに発表した作品の中から選んだ作品から本書を含む5冊の「傑作短編集」編んだという。

その5冊のうちいわゆる推理小説という分類に属するものを集めたのが「遠い迷宮」と題された本書だ。

「遠い迷宮」という作品があるわけではないのに、何故このタイトルが選ばれたかは、本書におさめられた10篇の短編それぞれが、市井にありふれた人々のありふれた日常の中に起きる底知れないミステリーが題材になっているからだろう。

阿刀田高の泉のように湧き出る小説のストリーが常に大事件とか、特異な犯罪や、あり得ないような物語という類のものではなく、我々が日常経験し、あるいはいかにもありそうな出来事を題材にしていることに感心していたが、この短編集を読んでみてあらためてその印象を深めた。

ある特殊な裏稼業によって優雅な日々を送る女、そんな裕福そうな彼女が醸し出す金の香りにはやはりそういう蜜を求める男が寄ってくる。男は言葉巧みに女に結婚詐欺を仕掛け、そして忽然と姿を消した。裏稼業によって世の中をしたたかに生きてきた女は、まさか自分が結婚詐欺に合うとは夢にも思っていなかっただけに男に騙されたことが分かり愕然とする。そして半年後に再び女の前に現れた男に彼女はどのような復讐をしたのか――――「蜜の匂い」、あるいは阿刀田高の代表作の一つに必ずといってよいほど掲げられる「ナポレオン狂」など、どれも傑作ぞろいの短編集だ。