ジャンプ　　　　　　　　佐藤正午　　　　　　光文社　　　　　

月曜早朝の羽田発の便で札幌に出張予定があった主人公三谷は、蒲田にある恋人南雲みはるのアパートに前夜泊めてもらい翌朝羽田に向かう予定であった。

出発前の日曜の晩、三谷はみはるとと二人で横浜に行き、酒も飲めないのにアブジンスキーという強い酒を飲んで悪酔いしてしまう。

三谷はみはるに介抱されながら彼女のアパートに向かうのだが、アパートの入口まで来たときに、三谷が毎朝食べることにしているりんごの買い置きがないことに気付いたみはるは近くのコンビニで買って5分で戻るから先に部屋に行っていてくれといって消えた。

5分で戻るといった彼女は彼女は翌朝もそして次の日も戻らなかった。三谷はみはるの姉とともにみはるの行方を追うのだが、その過程で徐々に彼女のその後の足跡、彼女の過去が明らかになっていく――――。

佐藤正午の小説はもっぱら競輪を題材としたものしか読んでいなかったので、この作家がこんなミステリー仕立ての作品を書いていたことにちょっと意外な感じがしたが、この小説、ミステリーとしても中々巧妙に仕組まれていて面白いし、偶然の積み重ねが人の運命をドラマチックに変えて行くというテーマを含んだ恋愛小説としても巧みだ。

ミステリーなので余り詳しいことはここでは書けないけれど、人の運命は偶然の積み重ねの軌跡であるということをあらためて考えさせられるちょっとしんみりとさせる作品であるともいえる。

わずか10秒とか20秒といった極めて短い時間に起きたこと、あるいは人の頭の中に浮かんだ情景や、会話の中に含まれる微妙な心理的な駆け引き等々、ある部分ではまるで細密画のように描写するという一風変わった文章もこのミステリーの得体の知れない不安定さを上手くあらわしている。