孫悟空の誕生　　　　　　中野美代子　　　　　　岩波書店　　

全290頁余りの文庫であるのに巻末に纏められた(注)と（参考文献）が60頁もあるということだけからすると本書は、学術書とか堅苦しい専門的研究書といった物ではないかと思ってしまうが、確かにここに書かれた内容は、まさに学術書に相応しいほどに濃密な内容であるにもかかわらず、一般の学術書では中々味わえない著者のほとばしるような好奇心とか、感性が見えてきて実に楽しい一冊になっている。

本書の内容は著者が本当に熱中するほどに興味を引かれた事柄であり、その興味の赴くままに深い文献の森を自由に慫慂した成果であることを感じさせるものであり、なんともわくわくするような面白さに溢れている。（もちろん、そういう著者の興味にいささかでも共感できる読者にとってということだろうが）

著者は西遊記の訳、研究が専門のようだが、その専門研究の為に手をつけたサルの研究からはじまり、西遊記のヒーローでもある孫悟空というサルの化身が中国のどのような民話の中から生まれてきたのか、猪八戒は、沙悟浄はどうなっているのか、西遊記に出てくる地名と実際の地名との関係は――――とその興味の広がりは縦横無尽であり、取り上げる素材一つ一つが、著者がそれをいかに楽しみながら研究していたかという熱情が伝わってくる。

子供向け読物として読んだ記憶しかない西遊記の世界が中国民話、そして中国文化、中国史とこんなにも深い関わりを持って生まれた物語であること、西遊記が中国にだけ留まらずアジア各国、そして世界各国にも大きな影響を及ぼしたことを知ってさらに驚いた。

西遊記は、物語の源泉の部分ではインド古代詩「アーマヤナ」と深いつながりがあることも本書で知ったが、あらためて西遊記をもう一度読んでみようかという気になった。