夜逃げ町長　　　　　　　杉浦明平　　　　　　　講談社　　

杉浦明平は都市を拠点とした多くの作家とは異なり、戦後一貫して愛知県渥美に住み自給の生活を続ける傍らその地の土着作家として数々の作品を残した作家である。

彼は戦後、一時共産党に入党しその後離党、一時は渥美町町会議員を務め、地元の発電所増設反対運動に加わるなどの経験をもっている。

本書にはその杉浦明平の私的体験をもとにした8つの短編が納められており、私小説ならぬ私的ノンフィクション集ともいえるものだ。

本のタイトルにもなっている「夜逃げ町長」は、口先は上手く女性問題も絶えない男が町長にのし上がり巧みに地元名士にのし上がっていった経緯と、その地位から追い落とされて夜逃げを余儀なくされた経緯が描かれているが、この町長を巡る発電所建設にかかわる電力会社の札束攻勢、その補償金に群がる地元住民の醜悪で滑稽な人間模様などがある種の人間喜劇を思わせるタッチで描かれていて秀逸だ。

「夜逃げ町長」をはじめ8編全てが杉浦自身の周りで起こった事実であるというところに、通常のいわゆるノンフィクション作家の作品とは一味も二味も違う迫力がある。