ハルムスの世界　　　ダニイル・ハルムス　　ヴィレッジブックス　　

ハルムスは1905年にロシアで生まれ、ロシア・アヴァンギャルド文学の創始者といわれ「不条理文学」といわれる新しい文学分野の先駆者でもあるが、彼が活躍した時期はアヴァンギャルド芸術に弾圧を加えたスターリン政権時代でもあり、当局の検閲を巧みにくぐった不条理文学作品を書いていたハルムスも結局1941年には逮捕され翌年には獄死している。

言論の自由が奪われていたソ連時代には長らく埋もれていた彼の作品だが、70年代頃からドイツ、アメリカで再評価されるようになり、ソ連邦崩壊前後からはロシア国内も含め世界中でその作品は不条理文学の金字塔として人気を博するようになった。

本書にはハルムスの作品、68編が収録されているが、そもそも不条理文学とかアヴァンギャルド文学とは何かを知るためにはまず本書を読んでみることだろう。その摩訶不思議な魅力に心地好い幻惑感を味わうことができる。

言語世界は極めて論理的に組み上げられているというそれまでの「常識的」な考え方に対して、いや言語はそれを発する人そしてそれを受け取る人それぞれによって全くことなった世界を表しているというのがハルムスの作品の中からうかがい知ることができる。

即ち、どの作品もそれは「ハルムスの世界」を表すものであって、我々がその作品から受け取る物は全く違う世界であり時には「意味不明」としか読み取れないものであり―――それでよいのだ―――といった突き放した感覚こそが不条理文学なのかなぁ〜などとも思ったが。

クルイロフが弾圧の中で寓話という形で体制批判を意図したように、ハルムスもこれらの作品の中に体制批判の寓意を込めているという解釈もあるようだが、なるほどそういう感じ方もできるかもしれないが正直いって本当に暗喩が込められているとしても、余りに不条理過ぎて一読しただけではその暗喩の意味を受け取ることは不可能だ。

アヴァンギャルドの絵画を「理解」しようとしても理解できないが、不思議に感覚的な感動を覚えるのと似て、具象文学に慣れた身にとってアヴァンギャルド文学は難解だが、その「訳のわからなさ」に秘められた不思議な魅力を感じる。

恐らく、アヴァンギャルド絵画同様に、ハルムスの作品の好悪は極端に分かれるのではないだろうか。