すばらしい墜落　　　　　ハ・ジン　　　　白水社　

ハ・ジンは中国遼寧省で生まれ文化大革命のさなかに十代を過ごして文革後に留学生として渡米したが天安門事件に衝撃を受け共産党を離党し帰国を断念、妻子を米国に呼び寄せて帰化、現在ボストン大学の英文化教授の傍ら英語で小説を書いている。

本書にはハ・ジンと同じように故郷を離れある種のディアスポラとしてニューヨークのフラッシングという中国人街に住む人々を主人公にした短編12編が収められている。

様々な理由で中国を離れ異国アメリカで様々な困難にあいながらたくましく生きる人々の哀歌は、作者自身の姿でもあり、又、帰る国を失った中国人同胞に向ける作者の優しい眼差しでもある。

そこには貧しい留学生もいれば、「英文科教授」の終身在職権に係わる重要な論文に、小さいが致命的と思われる語彙の間違いをしてしまったことに思い悩む（作者自身の分身と思しき）教員がいる。

又、音楽レッスンの傍らオペラを作っている作曲家、アメリカに移住した息子夫婦のもとに身を寄せたものの居場所を失う老夫婦、悪徳和尚に搾取されるカンフーの心得のある若い僧等々実に様々な中国人がいる。

自由を求め、あるいは経済的な理由から故郷を離れた彼等だが、移民である彼等にとって米国も必ずしも理想の楽園という訳ではなく、ここでもまたいたたまれない焦燥感に苛まれる者もいる。

移民の感覚を実感として知りえない多くの日本人にとって古くから移民という形で積極的に海外に進出していくことをためらわなかった中国人の基礎的なメンタル部分を知ることができるこの12の短編は実にスリリングでもある。

ニューヨークに住む中国人移民たちの実態を知るというドキュメンタリー的な興味もさることながら、このハ・ジンという作家の文学性の高さを十分楽しむこともできる。