苦役列車　　　　　　　西村賢太　　　　　　新潮社　　　　

絶望的な境遇におかれた自らを主人公にした私小説は多い。太宰や啄木は、そんな自らを主人公にして嘆き、自虐しなんとも救いのない暗い、見方によっては辛気臭い小説を書いた。

この小説も、救い様のない絶望的な環境におかれた主人公を描いているが、作家の分身と思える主人公のダメさ加減は痛々しくはあっても暗さを感じない不思議なところがある。それは作家がこの主人公を突き放しているからであって、読者は同情よりも先にこの主人公に苦笑を禁じえないような痛々しい滑稽さを感じてしまう。

芥川賞受賞作の本作は、その芥川の代表作「蜘蛛の糸」を下敷きにしたある意味ではオマージュ作品なのかもしれない。

「蜘蛛の糸」では地獄で苦しむカンダタに天から与えられた蜘蛛の糸を、自身の利己心から再び失ってしまうという話だが、そんなカンダタは多くの読者にとっては自分自身にも思え、その愚かさに思わず苦笑してしまうようなところがあったが、この、物語にもそんな苦笑を呼ぶ妙な滑稽さがある。

主人公は、父は性犯罪者、自らは怠惰故に中卒のまま日々のタバコ代と食費を稼ぐためだけに気の向いた時だけ日雇いにでるという救いようのない青春を送っている。

悲惨な毎日を送る主人公、貫太の生活に変化が起きたのは、日雇い先で出会った専門学生との交流がはじまったからだ。

妙に話の合うこの新しい友人は、絶望的な日々を送る貫太にとっては、地獄でもがくカンダタに天から与えられたくもの糸のようなものだったのだが−−−。

主人公貫太も、カンダタ同様、このクモの糸を自らの卑屈さと、その裏返しとしての攻撃性故に自らぶち壊してしまうのだ。