茗荷谷の猫　　　　　　　木内昇　　　　　　文春文庫　　　　　　

芥川賞受賞作「漂砂のうたう」の一つ前の作品が本作だという。

「漂砂のうたう」では幕末から明治という大きな社会変革の波の中で漂砂のようにうつろう市井の人々が描かれていたが、この作家の得意とするのはそんな時代なのだろうか、この9つの短編からなる作品でも、その時代背景は幕末から高度経済成長に湧く昭和30年代までの百年間であり、そこに登場するのは時代の波の中でその記憶も消えていった市井の人々である。

9つの物語の関連性は極めて薄いようだが、意外な形でところどころに関連しているし、ある物語では以前の物語の謎があかされるとか、種明かしがなされるなどして細々ながらもつながっているだけに、なんだかこの間百年間の物語でもあるかのようにも読める。なんとも不思議な物語である。

それぞれの物語の登場人物は皆、一様に何かに取り付かれている。

武士の身分を捨て、植木職となり後世に残る桜を作ろうとした男、世にも稀な効能を作り出そうと黒焼きの奥義を追い求める男、只ひたすらに世間と係わらずに生きていこうとしながらも徐々に世間にがんじがらめに絡め取られていく男等々。

いずれの物語も唐突な終わり方ばかりでなんともフラストレーションが溜まりそうだが、そんな物語の不安定さが結局、人の人生などというもの、あるいは日常には起承転結もそれどころか、始まりも終わりもないのだという「漂砂のうたう」にも描かれた作者のアンニュイな人生観が描かれているように思え、読後感は結構すっきりとしている。

(11年9月発行)