西郷隆盛と幕末維新の政局　　　家近良樹　　 　ミネルヴァ書房　

歴史研究といえば様々な対象や方法があるのは当然だが、本書のような「ある歴史的時間を深堀する」といった研究方法があり、しかもその分野では少なからぬ数の歴史学者が喧々諤々とした論議を繰り返していることを知り、歴史学をなんだか見直したい気持ちになった。

著者が本書でまず取り上げるテーマは、「明治6年の政変に於いてなぜ西郷は征韓論にあれほど固執したのか」ということだ。

維新第一の功労者である西郷が、西南の役では賊将となるに至った経緯は未だに分かり難い。大久保等の反征韓論に対して西郷はなぜ憤然と下野するまでに強硬な征韓論を主張したのか。

本書に於いてあらためてその時期における中央政界の息詰まる権力闘争の詳細が迫力をもって描きだされているが、著者は西郷のある意味では不可解な行動の要因は、西郷の体調不良にあったと指摘しており、この事実は今までの研究の中ではほとんど触れられていないだかに、実にユニークだ。

明治6年の時点で西郷は、幕末以来の政治活動に伴う疲労の蓄積と加齢もあって隊長は極めて悪く、その体調不良が、自らが朝鮮派遣使節史として韓国に赴き、殺されることによって征韓の大義名分が得られると考えていたのではないかという著者の主張には当初は、ちょっと突飛過ぎるようにもおもったが、実に詳細に亘る資料の提示によって最後は、なんとなく納得させられてしまう。

冒頭の明治6年政変に係わる研究から時代は遡るが、大政奉還によって一旦は朝廷と幕府の共同統治に固まりかけた幕末の情勢が、なぜ倒幕へと急激に傾斜したかの研究が第二章以降で行われる。

ここにも、西郷自身、そして島津久光や小松帯刀をはじめとするメインプレイヤーたちの体調不良が大きな影響を与えているという分析に至ったのは、著者自身が不治の病におかされているという事情が大きなインスピレーションとして働いたようだ。

ある意味では、重箱の隅を突っついているようなとも受け取れる歴史研究書だが、俯瞰的な研究以上に歴史研究の面白さを教えてくれる一冊ともいえる。