中国社会の見えない掟　　　 　加藤隆則　　　　講談社　　　　　　

今年7月に起きた中国の高速鉄道事故、なにが驚いたといって事故が起きてからまず急いで行われたのが生存者の捜索ではなく一刻も早い運行再開であったこと、そして事故原因の追究を阻むかのように、翌日には堂々と行われた事故車両の埋設であった。

いかに共産党独裁の国だからといってあれほど「分かり易い」むちゃくちゃがなぜ世界第二位の経済国となった中国でまかりとおるのか。

本書を読んで納得がいった。著者によれば、あの暴挙も、潜規則(見えない掟)という法や道徳以上に中国を支配する暗黙のルールを理解すれば納得のいく行動だというのだ。

党中央のコントロールでさえ利かなくなるほどに肥大した鉄道省の権威は、その面子が潰されるぐらいなら人道も法律も二の次であるとするほどに重要なものなのだという。

高速鉄道が事故を起こしたことで面子が傷つくぐらいなら、鉄道省は「早急に復旧した」という実績によって面子を保ち、面子を傷つけ続ける可能性のある事故車両は、土に埋めて隠してしまえ！となるのだという。

職権濫用や警察の暴力、冤罪、言論弾圧もすべてその根本には面子を保つための潜規則があるからだという。（犯罪がおきれば犯人を挙げなければ警察の面子が失われるから、拷問をしてでも犯人をでっちあげるし、冤罪だということが判明してしまえば司法の面子が失われるから、冤罪事件がくつがえることもないというように）

又、チベットの暴動とその弾圧という世界的な批判を浴びるような事件が、中国国内では「愛国運動」へとすりかえられてしまうように中国の体制維持の為にはこの潜規則がむしろ積極的に取り入れられている面を著者は指摘する。（高速鉄道事故の報道も、そのうちに「反国家的報道」として当局から禁じられるようになった例もある）

著者は05年以来、読売新聞上海支局長、中国総局長などを歴任、みずから中国各地を精力的に取材、本書のデータや証言も自らの足で得たものであり、中国古典、歴史に関する知識も豊富なだけに、その内容の信頼性は高い。

数多くの中国関係の情報や解説書があふれるなかで、なぜ著者のように「潜規則」に言及しそれにもとづく「恐ろしい国中国」を分析した書物がなかったのか、なんとも不思議でならない。

著者は、今後注目すべき中国通といえるのではないだろうか。