放射能と理性　　　　　　ウェード･アリソン　　　徳間書店　　　

福島原発事故を契機として放射能の人体及び自然界に与える影響についての人々の関心はいやがうえにも高まっている。

残留放射能が一体どのレベルまでなら人体に影響がないのか、あるいは影響があるとしたら一体、どれほど深刻なダメージとなるのか−−−ということだが、余りにも様々な「専門家見解」ありすぎて本当のところはどうなのかさっぱりわからない。

一方には校庭の残留放射能規制値が高すぎるといって涙を流して抗議する専門家といわれる人がいるかと思えば、原子力委員会の見解を受けた官房長官は「ただちには人体に影響はない」と大見得を切る。

専門家でさえこれだけバラバラな見解が出ているとなれば素人は「まあ、何しろ一番厳しい基準に基づいて考えるのが無難だろう」ということになるから、自然放射能レベル程度の低い値が検出されたとしても致死量の高放射能が検出されたかのような大騒ぎになる。ひょっとしたら「群盲、象をなでる」の可能性もあるかもしれない−−−。

本書の｢放射能と理性」というタイトルからしてそんな風潮に対する辛らつな皮肉にも聞こえる。著者が本書で述べているのは「みんな、放射能問題はもっと理性的にかんがえようよ！」ということである。

では理性的とは何かということなのだが著者は、実に70年以上に亘って蓄積され分析されてきたヒロシマ・ナガサキ、チェルノブイリやスリーマイル等々の放射能被ばくデータの詳細な分析に基づき、WHOなどが提案している被ばく基準を採用すべだと主張する。これらの基準を採用するとなると今の福島原発事故以来の日本の基準は「ムダに高い」ということになってしまうのだが−−−。

そんな著者の主張も、なにしろ最初の段階で「放射能に対する根拠のない恐怖心」で大騒ぎする一般大衆に迎合して高い基準をせっていした主体性のない当局の姿勢によっていまさら「もう少し低い値でも大丈夫です」といったところで誰も信用するわけもなく少しでも放射能が出れば大げさな騒ぎになってしまう日本の現状を考えると、あまり日本では通用しないような気もするが。

チェルノブイリ事故以来、立ち入り禁止になった広大な地域には、今や人間以外の野生生物が繁栄を極めている―――あるいは、放射能のレベルに生物はある程度の耐性をもつようになる−−−などという話は、今、大騒ぎしている人たちは聞く耳を持たないだろうし−−−。

「健康福祉に対する最大の脅威の源は、放射線というよりも、恐怖と不確実性と強制移住である」という著者の主張は今の日本を指しているようにも思うが。