斬　　　　　　綱淵謙錠　　　　　　　　文芸春秋　　　　　　　　　　

綱淵謙錠は長く編集者として活躍の後、47歳の時に作家に転身、翌年この作品「斬」で直木賞を受賞という鮮烈なデビューを飾った変り種の作家だ。

作者自身97年に亡くなっているうえに、発表から40年近く経っているのに本作品が再び新装版として出版されるというのだからこの作品が当時からいかに問題作として注目を浴びてきたが分かる。

時代小説と時代考証をミックスしたような形で進められる物語の形式は中々ユニークであり、歴史研究書にはないエンターテインメント性と、時代小説にはないリアルさの両方が備わっているだけに、後の時代小説にも大きな影響を与えたようだ。

江戸中期より明治初頭まで代々斬首を仕事としていた首斬り浅右衛門こと山田浅右衛門一族は、斬首刑が廃止の運命を辿るという時代の趨勢とともにその繁栄にも陰りが出はじめ、ついには没落の道を歩むことになるのだが、幕末から明治に至る激動期の歴史とこの一族の運命とをリンクさせながら物語は続く。

首斬り、すなわち死刑執行がどのように行われたのか、どのような人物がどのような罪科を問われて斬首されていったのか、そしてその斬首執行に当たっての浅右衛門たちの心情はいかなるものであったのかなどが語られる。

又、具体的な斬首の様子や、罪人たちの死に際の様子など、ある意味ではグロテスクともいえる描写がこれでもかこれでもかと続くだけに、この作品を読む為には相当な緊張感が必要となるかもしれない。

山田家の家族史がメインのストーリーではあるが、江戸末期、明治初頭に起きた刑罰史としての一面も面白い。

この作品の影響は、現代の時代小説にも色濃く残っている。