危機の指導者チャーチル　　 　　富田浩司　　　　新潮社　　　

英国在勤通算7年の外交官である著者のチャーチル研究は20年に及ぶという。その成果を纏めたのが本書である。

チャーチルこそが、第二次大戦における連合国側の最大の戦争指導者といっても過言ではないが、平時における指導者としては必ずしも優秀であったとは言えないと著者はいう。

ヒットラーの台頭に対して時の英首相チェンバレンは宥和政策をとり続けたが、チャーチルは当初からこの宥和政策に反対しつづけヒットラーに対する警鐘をならしつづけていた。

ヒットラーの攻勢が強まり、老大国イギリスが絶体絶命の危機に陥った時、漸くチャーチルが指導者として登場するのだが、必ずしも最初から多くを期待されていた訳ではない彼が戦時指導者として歴史に残る活躍ができたのも、その前任にチェンバレンという宥和主義者がいたというタイミングの賜物ということもできるかもしれない。歴史には偶然によって左右されるものだということなのだろうか。

チャーチルは若年期より英国の指導者になるという強い意思と自信をもっていた。彼の前半生は、将来みずからが首相になるための布石に費やされてきたことが詳細に述べられており、チャーチルの異常なまでの自己アピールの強烈さに驚かされる。

それにしても、チャーチルとチェンバレンの登場時期がもし逆であったとしたら英国はヒットラーの軍門に下っていたかもしれないし、チェンバレンの下では英国は戦争を戦い抜くことはできなかっただろう。戦時においては、チャーチルのようなある種、独裁的な指導者がやっぱり相応しいということなのだろうか。

そんな戦時指導者としての彼はどのような人物であったのか、そして彼の強い指導者としての資質はどのようにして磨かれていったのか、興味深い分析がなされている。

本書は単にチャーチルの伝記ではなく、現代に於ける外交政策を考える際のヒント、あるいはリーダーシップ論としても多くの示唆に富む一冊だ。