永遠の0（ゼロ）　　　　　百田尚樹　　　　 講談社　　　　

特攻出撃は、志願によって行われたといわれている。しかしいかに愛国心からとは言え自らの体を爆弾にして敵艦に体当たりするという特攻に彼等は本心から志願していったのだろうか。

特攻隊員達の遺書には確かに彼等は従容として、あるいは喜んで死出の途につく旨が書かれているが、一方では「特攻に志願するものは一歩前へ！」と一応は「特攻は志願者の中から」という形式を取りながらおこなわれた「志願」の実態をそのまま鵜呑みにしてよいものだろうかという疑問は残る。実際には一歩前に出ないなどという選択は不可能であったのではないか、即ち特攻は志願ではなく強制だったとも言われていることからすれば、特攻隊員達のあの行動の真意を、今現代に生きる我々には推し量ることは不可能に近い。

この小説の中にも「特攻は志願であったのであり、イスラム過激派による自爆テロと同じだ」と主張する新聞記者が出てくるが、こういう声に死んでいった特攻隊員たちはどう思うのだろうか。

そんな中、戦後生まれの著者が紡ぐこの零戦による特攻の物語は、特攻や零戦を知らない現代の若者たちにも我々の父祖達がどのような思いで特攻に赴いたのか、そしてその彼等の尊い献身がどのように評価されるべきかを問いかけてくる作品だ。

司法試験に失敗し人生の目標を失いニートとなった主人公健太郎は、フリーライターの姉と共に、太平洋戦争で戦死した祖父ことを調べ始める。元戦友たちを訪ね歩きその証言から浮かび上がってきた祖父の姿は彼等の予想もしないようなものだった。

二人の祖父は優秀な零戦乗りであり数々の戦闘を生き抜いてきたが、常に妻と生まれたばかりの娘のために戦争から生きて帰ることに異常なほど執念を燃やしている男だった。

彼は、部下たちにも常に「生きて帰るべきだ」と説くなどその言動から時には「臆病者」とも蔑まれることもある男だった。そんな祖父だったが終戦の数日前、彼は特攻に志願して死地に赴いた。一体、なにがあったのだろうか。

姉に言われて気乗り薄ながらはじめた特攻で死んだ祖父の調査だが、主人公は今や歴史の闇の中へ消えて行こうとする特攻に赴いた人々の真の声にどんどん目覚めていく−−−。

さまざまな証言者とその戦後の人生、特攻の思い出に頑なに口を閉ざしてきた彼等の真の叫びが心を打つ。又、意外などんでん返しも巧みに仕込まれていて600ページの長編だが、一気に読ませる内容だ。

もはやほとんどの証言者たちがいなくなろうとしている今だからこそ、もういちど特攻というものを見つめなおす切欠を作った作者の努力を大きく買いたいと思う。