困ってるひと　　　　　大野更紗　　　　　　　　ぽぷら社　

旧約聖書の「ヨブ記」は、マゾの極地のような話である。信仰の厚い義人であるヨブの信仰を疑った悪魔は、ヨブの財産と家族を全て奪った。それでもヨブは神への信仰を捨てない。そこで悪魔は、次にはヨブに酷い皮膚病を患わせ極限の苦しみをこれでもかこれでもかと与えるのだが、それでもヨブは神への信仰を守り続ける。

そこで悪魔はさらにヨブに―――とヨブはこれでもかこれでもかといった具合に苦しめられるのだが−−−といった話なのだけれど、信仰心のない我々からみれば、これだけ神の為にと苦しみに耐えているヨブを何故神はさっさと助けに来ないのか―――単に神はサドであり、ヨブというおっさんはマゾに快感を得ているだけではないか――とすら思ったものだが―――。

本書の著者の経験している苦しみはヨブのそれに匹敵する、いやそれ以上の物かもしれない。「筋膜炎脂肪織炎症候群」という免疫不全の病に襲われた24歳の著者の苦しみは、本書を読んでいるだけでも辛い。

しかも、ヨブと違って著者のおかれた試練は悪魔や神の仕業だといった「犯人」がいる訳ではないから、苦しみに耐えた後にヨブのように｢幸せに暮らしました――｣というハッピーエンドが用意されているという保証もない。

そんな、救いようのないような過酷な状況を書く著者の筆致が、決して泣き言ではなく、寧ろ軽いユーモアを交えた口調であるところにより著者の苦しみが感じられ、痛々しくもあって、頁をめくるのを辛く感じる部分さえある。

一体、著者のこの強さはどこから来るのだろう。

我々は概して生きる者の立場から死の側、絶望の側をみているが、著者は、絶望の渕、そして死の渕のギリギリから、生きること、希望の側を見ているからこそこういった強さが生まれるのだろうか。

世の中には末期のガンをはじめ著者と同じような状況にある人も数多くいるだろうし、自分もいつか同じような状況にならないとは限らないが、その時、著者のような強さをもてるものだろうか。

著者は麻酔なしで筋肉を切り取るという長時間手術も経験している−−−世の中にもし神がいて、そんな過酷な運命を見て見ぬフリをしているとしたら−−−キリスト教の教義は色々その辺は言いつくろってはいるが―――やっぱり神はいない！というのがもっとも合理的な答えだと思う。

著者の苦しみが少しでも和らぐこと、そしていつか全快の日を迎えられることを心から祈りたい。