マイナス50℃の世界　　　米原万理　　　　　　　角川学芸出版　

06年にがんで亡くなった著者は、生前ロシア語通訳として活躍、名エッセーイストでもあったが、この作品は椎名誠のあとがきによればそんな彼女の最初のエッセー集であるという。「彗星の最初の輝き」と題したこの椎名誠のあとがきも56歳という若さで逝ってしまった著者を悼む名文だ。

本書は米原万理が84年冬、江戸時代天明期にシベリア横断を果たした大黒屋光太夫の足跡をたどるドキュメント製作クルーの通訳として訪れた当時まだソ連と言っていた厳寒のシベリア、ヤクートの様子を描いた紀行随筆である。

世界で一番寒いといわれるヤクートの寒さは一体どのようなものなのか、マイナス50℃の寒さとはどのように感じられるものなのか、マイナス21℃ならば「暖かい」というヤクートの人々の暮らしはどのようなものなのか−−−。

小学生新聞に連載された文章ということもあって、その子供たちに語りかける「驚異の体験」は、大人たちにも新鮮に響く。まさに米原万理の多くのエッセー作品に通じる「輝き」に満ちている文章だ。

同行カメラマンが撮った写真が又、この驚異の厳寒の地の様子を生々しく美しくかざっている。

長期の取材の為、日本食恋しさの余りトイレの床に簡易コンロをおいて日本食もどきを調理する著者のまるで十代の女の子のような無邪気さとそこに輝く逞しさに、そしてマイナス58度の厳寒の中で白い息をはく数頭のヤクート馬たちの生命力に感動すら覚える。

名著といえる一冊だ。本当に惜しい人を亡くしたものだ。