バット ビューティフル　　　　ジェフ・ダイヤー　　　　新潮社　　　　

冒頭に哲学者テオドール・アドルノの言葉「偉大なる芸術を産み出すものは神のごとき人間ではなく誤りをおかす生身の人間であり、しばしば神経を冒され、人格を損なわれている。」が引用されている。

70年代後半、モダンジャズは先鋭化の度合いを強めた結果行き場を失い、その後フュージョンとなっていったが、その結果は却ってモダンジャズの商業化、退廃へとつながってしまい、全盛期のあのぎらぎらしたエネルギーを失ってしまったが、それ以前、本書にあるプレーヤー達が活躍した時代の、モダンジャズは、間違いなく「芸術」といえる輝きに満ちていた。

しかしそのモダンジャズを芸術たらしめていたのはアドルノの言葉通り「神経を冒され、人格を損なわれた」プレーヤーたちだったのだ。

本書は、モダンジャズが芸術であったあの奇蹟の時代、モダンジャズという芸術を産み出し、そしてそのことによって人格を損なって破滅していった偉大なプレーヤー7人に対するオマージュである。

その7人とは、レスター･ヤング、セロニアス・モンク、バド・パウエル、ペン・ウェブスター、チャーリー・ミンガス、チェト・ベイカー、アート・ペパーだが、ダイヤーはこの7人を、（あとがきで翻訳者の村上春樹がいうところの）「擬似伝記小説」的短編として１章ごとに取り上げている。それぞれの章は実にポエティックで美しいが、又力強くもあり、しかも物悲しい。

一章のそれぞれがモダンジャズのアルバムに収められた各プレーヤーが演奏した一曲のような不思議なメロディーとリズムを持っている。

ここに描かれたそれぞれのジャズメンの一日、そしてその言葉、姿は、もちろんダイヤーの創作ではあるが、資料などに基づいたものでフィクションというよりは寧ろドキュメンタリーに近いものだ。

各章で描かれるジャズメンたちは、彼等は間違いなく生きている。その姿はある意味では凄惨だが、美しい。

本書を読み終わると、ダイヤーというプレーヤーがそれぞれのプレーヤー達の曲をモチーフにして演奏した7曲からなるジャズアルバムを聴いたような気分になる。

学生時代、ジャズレコードを聞かせる喫茶店で聞いていたモンク、ミンガスの章は、何度も読み返した。あたかも、一冊のアルバムのある特定の曲を何度も繰り返し聴くように。

ジャズ関連の本としてまさにこんな本が読みたかったと思わせる一冊であり、この本を発掘してくれた村上春樹に感謝したい。