江戸のお白州　　　　　山本博文　　　　　　文芸春秋　　

江戸時代のさまざまな裁判、すなわち「お裁き」の記録を元に、江戸時代の人々の暮らし、世相を浮かび上がらせるという面白い一冊だ。

裁判記録そのものは、事実を淡々と記録しただけのものでありそういった記録を採録したところで、そこに物語性がある訳ではないくさほど面白いものにはならないが、本書では、そんな無味乾燥な裁判記録を元に、当時の世相、あるいは現代との共通点などを交えて再構成し、江戸時代の人々の息遣いと、物語は浮かび上がらせるという工夫がなされており、江戸時代のお白州で傍聴しているかのようなリアルさがある。

それにしても、犯罪に至る人の世のしがらみはいつの時代も大きく変わるものではないようだ。ここで取り上げられた犯罪は、いまも毎日新聞社会面に出ていそうなものばかりともいえる。時代は変わっても人間のやること、考えること、そしてその愚かさは変わらないということだろうか。ただ、江戸時代と現代で違うのは刑罰の重さだろう。

とりあげられている事件は多種多様、不倫からの夫殺し、妻殺し、大蔵省の役人がのーぱんしゃぶしゃぶ接待を受けて問題になったのと同じように、同心が町人に新吉原での接待を強要した事件、職場でのいじめ、子供の誘拐等々と事件は現代と変わらないが、刑罰の重さは、例えば主人の妻と密通した下男は死罪、妻も同じというのだから、愛人と共謀して夫と息子を保険金目的で殺しても、死刑にならなかった佐賀の人妻の例などを考えるとその違いに驚く。

吉原に連れていけと町人にねだった奉行所の同心は島流し、同僚をいじめた末にそのいじめ相手が刃傷に及び自害、いじめた同僚たちはお役御免や強制隠居、というのだから、今も絶えないパワハラ解消策には、これ位の厳罰もよいのではないかとさえ思った。