動的平衡　　　　　福岡伸一　　　　　　木楽社　

医療技術の発達により比較的簡単に臓器移植が可能になったことで、生命体も一つの機械であり部品を取り替えれば修理できるといったデカルト的な考え方が浸透してきているが、臓器の元になっているたんぱく質を集め、機械を原材料から作るようにたんぱく質をこね回して作った臓器を人間一人分集めたからといってそこに生命が生まれる訳ではない。

生命とは夥しい数の水の分子の絶え間ない流れが「川」を作っているように、分子のある一瞬の動的平衡の上になりたっているものだという本書に書かれた著者の主張には生命の神秘的な本質がよく言い表されているように思え、「生命とは何か」という哲学的な答えにも通じるのではないかとも思った。

生命をカルティジアン的（デカルト主義的）に捉えることに異議を唱えた生物学者ライアル・ワトソンの著書の翻訳者でもあり、今ひっぱりだこの生物学者である著者の生物学エッセー集である本書だがその内容は、表面的に「生命の不思議」を記述するにとどまらずその背後に生命というものの科学では捉えきれない哲学的な深淵さに対する畏敬の念がこめられており中々考えさせられる一冊だ。

本書は雑誌に連載されたエッセーを一冊に纏めたものであり、各章それぞれの関連性は一見薄いようにも思えるが、生命科学研究とその他の科学研究の違いに言及しつつあらためて生命そのものを哲学的に（かつ科学的に）考察するという視点は一貫している。

コラーゲンというたんぱく質を体内に取り入れたとしても、我々の体はこのたんぱく質をバラバラのアミノ酸にしてあらたなたんぱく質（コラーゲンとは限らない）に作り変えるか、あるいは余剰なものは排泄してしまうだけだ。

「コラーゲンたっぷり」の食品や化粧品を使ったからといって体内のコラーゲンが増え、お肌がぷりぷりになるなどということはないし、ヒアルロン酸やコンドロイチンを摂ったからといって体内にヒアルロン酸やコンドロイチンを取り入れたことにはならないのだが、あたかもポパイがほうれん草を食べるとたちまち元気になるかのようにこういった補助食品をとれば体調がたちまち良くなるなどと考えるのは、生命という複雑かつ神秘的な活動に対するカルティジアン的冒涜だと著者はいう。

池田清彦もそうであったが、生物学者にはなぜ名文家が多いのだろう。