深沢七郎外伝　　　　　　新海均　　　　　　　潮出版社　　

作家の力量に「腕力」というものがあるとしたら深沢七郎は、その腕力番付では上位に入るのではないかと思う。(外国ではドストエフスキー、日本なら開高健などにも腕力を感じるが)

発表当時から多くの作家に絶賛された｢楢山節考｣や「笛吹川」といった作品は、いまだにあのレベルを超える小説に中々巡り合えていないという意味で、自分にとっても衝撃の作品である。

深沢七郎の作品に感じる腕力とは、決して筋肉ムキムキの腕力というのではない。爬虫類の持つ生命力というか粘っこさに感じる叩いても死なない、といった力強さであり、今もあの当時に受けた衝撃は忘れ難い。

その深沢七郎が亡くなって既に30年が経ち、世間でのこの作家の記憶も薄れがちであっただけに本書のタイトルにひかれて手にとってみた。

深沢七郎と付き合いのあった編集者である著者によるまさに「外伝」、というよりは作家周辺の「楽屋落ち」話といった類のものであり、あの特異な才能を持ち、その作品そのままに自由奔放に生きた作家の作品評論、あるいは評伝といったものを期待する向きには肩透かしを食った感は拭えないだろうし、物足りない一冊だ。

右翼の襲撃を怖れて深沢が長い逃亡生活を送ることになった切欠の「風流夢譚」事件の際には、本来ならテロルから言論の自由を守るべき立場にいるべきはずの文壇、あるいは出版社、評論家連中がテロルを怖れたからか深沢非難の立場をとったという日本文化における大汚点についても本書はさらりと流してしまっており、又、後半の大半部分は、深沢亡き後、その著作権や彼の「ラブミー牧場」を継いだ、元側近たちの後日談などの、あまり深沢作品の本質とは関係ない話に焦点を絞っていることにも不満が残る。

これでは、単に深沢七郎という実に稀有才能を持った作家周辺のゴシップ記事を纏めただけではないかという気もしないではない。

文学論としての深沢七郎論をあらためて読んで見たくなった。少なくとも本書は全くその期待に応えてはいない。