物語　近現代ギリシャの歴史　　　　村田奈々子　　　中公新書　

誇り高いアラブの人々の中でもエジプト人のプライドの高さは群を抜いている。

古くからアラブの中心はカイロであるし、今もエジプトがアラブの盟主だという自負だけは驚くほど強い。それだけに、「嘗てはあのピラミッドを作り5千年前には世界を支配していたのに比べて今のエジプトの体たらくは―――」等といわれると彼等はいたく傷つき、激怒する。

本書を読んで、古代ギリシャと現代ギリシャにもエジプトに似たプライドとコンプレックスがあるようにも思えた。

放縦な浪費の為に無責任に借金を重ねユーロ危機を招いた「EUの劣等生」といったレッテルを貼られたギリシャだが、そのギリシャは今日の世界文明、特に西欧文明の原点であり古代ギリシャこそ西欧のお手本だったとなると―――その落差にギリシャ以外の世界の人々が持つのはやはり「偉大な先祖、劣等生の子孫」といったイメージだろうか。

近現代ギリシャ研究という極めてニッチな分野の研究者がいるということにもちょっと驚いたが、専門家からみた近現代ギリシャが、我々が持つ現代ギリシャのイメージとは随分違うものだということに驚かされた。

そもそもギリシャが独立したのはわずかに180年ほど前に過ぎず、それまではギリシャという国、あるいはギリシャ人というものは存在していなかったという。

しかも、その独立ですら、古代ギリシャ文明に対する西欧諸国の人々の憧憬と、対オスマントルコにおける西欧の地政学が、外的にもたらしたものであって、ギリシャ人たちが内部から求めたものではなかったという。

古代ギリシャがそうであったように、ギリシャでは古くから都市単位での紛争が繰り返されており、独立前においてもギリシャには「ビザンチン帝国」の復興といった意識はあっても、「ギリシャ」という意識には乏しかったという。

個人、あるいは小単位での意識ばかりがあって、国家意識、共同体意識に欠けているというのであれば、あのギリシャ問題の原因、あるいは救済案に反対するギリシャ人の意識も理解できないではない。

目からウロコのような、ギリシャ観はどれも新鮮だし、なるほどユーロを揺るがしているギリシャ問題は、なるほどこういう背景があるのか―――と胸にストンと落ちる知見が盛りだくさんだ。

アレキサンドリアに住んでいた頃、わずか1時間ちょっとのフライトでいけるアテネには週末を利用して何回も遊びに行ったこともあって（エジプトでは食べられない生野菜サラダが食べられることもあって）、ギリシャは大好きな国だが、このところの「怠惰なギリシャ人｣といった悪評にちょっと心を痛めていたのだが―――なるほど、こういうことだったのか―――と好きなギリシャのダメぶりの原因を知ったことで、少しはほっとしたような気がする。