資本主義が嫌いな人のための経済学　 　ジョセフ・ヒース　　NTT出版　　

アダム･スミスにせよ、マルクス、ケインズにせよ、数多の経済学者が唱えた経済理論で、ニュートンやアインシュタインが唱えた物理法則のように「真理」だとして不変の価値が認められた理論は未だない。

寧ろ、ノーベル経済学賞受賞者が加わったファンドがロシア通貨危機で破綻した例をはじめ、後に「間違いだった」ことが明らかになった経済理論の方がはるかに多いぐらいで、経済学不要論などが起きるのも致し方ないといったところだ。

こういった経済学不信の現状は、経済学を学んだ者の一人として残念でならないが、そもそもニュートン力学などの決定論的法則が、複雑系の中で動く「経済」には成り立ち得るはずだという前提に経済学が立ったこと自身に、その第一歩から大きな過ちがあったのではないだろうか。

いっそのこと「経済には理論は成り立たない（少なくとも今のところは）」と居直った方がよさそうだ。

本書の著者は哲学者であり、経済学を外から見ている立場にあるだけに大御所経済学者のように経済学をどうしても擁護しなければならないという立場にはない（経済専門家が経済学を否定するなどという自己否定をできる訳もない）だけに、その第三者的な見方は、公平であり経済専門家のみならず、一般の人々にとっても「なぜ現在の経済学はダメなのか」を実に分かり易く教えてくれる。

本書で取り扱っているのは、いわゆる「小さな政府」「大きな政府」理論の双方の誤謬についてである。

規制をなるべく廃し、競争を推進することによって｢神の見えざる手」が経済を正常な形に保つだろうという「小さな政府」理論の陥りがちが誤謬の数々、そして、競争をなるべく排除し、富の再分配を図ることこそ経済運営を円滑なものにするという「大きな政府」派の現実と余りにかけ離れた主張の愚かしさ―――今現在、世の中で繰り広げられているいわゆる「群盲象をなでる」がごとき論争の各点を取り上げて、切りまくる著者の論旨は実に爽快だ。