私の箱子　　　　　　一青妙　　　　　　講談社　　　

著者一青妙は、歌手一青窈の6歳違いの姉、自身は役者、歯科医として活躍中だ。苗字の一青は母方の姓だが、父方の姓は顔、父は台湾五大財閥の一つ顔家の長男として生まれ、戦前の台湾における名家の子女教育がそうであったように、日本で教育を受け寧ろ日本人としてその青年期を過ごし、母とも熱烈な恋愛の末に結ばれた人物である。

終戦と同時に日本人ではなく、戦勝国台湾の国民であるといわれた父は一旦、台湾に帰るも、台湾になじめず密航して再び日本に舞い戻るといった経験の持主だ。

そんな父が母と知り合い、台湾の財閥の跡継ぎという立場から二人の間に生まれた著者たち姉妹は幼い時から台湾と日本を行き来する生活を送ってきた。

そんな父は今から30年近く前、胃がんで亡くなり母もその後を負うように8年後にはなくなっている。

両親との思い出がつまる東京の家を建て替えることを決意した著者だが、古い家を壊す際に母が大切にしていた箱（中国では箱子という）を見つけた。その箱の中にあったのは、恋愛時代の父と母が交換しあった手紙、二人の日記、そして幼き日の著者とその妹の手紙といった顔家の家族史的資料であった。

そういった箱子残された数々の思い出の品から著者は、父のそして母の生きた歴史、そして戦前からの台湾と日本の温かくもあり、又、哀しくもある歴史を思い起こしていく。

この箱子に残された資料を基に著者は台湾と日本という二つの文化の中に生まれ、育った自らのルーツ、アイデンティティー探しの旅を始める。

父が亡くなってから30年、母が亡くなってから20年がたち、その思い出を語ってくれる人も少なくなっている中での著者の自分探しの旅は、時には何故もっと早く父母の思いを知ろうとしなかったのかという悔恨すら伴うが、多くの人々から二人に寄せられる実に温かい眼差しに、あらためて彼等を懐かしむ気持ちを起こさせる。

亡き父、あるいは亡き母、の思い出を辿る作品は多いがどちらかというと息子が書いたものが多いように思う。この作品のように、亡き父のことをここまで愛情深く描いた娘の作品というのはそんなに多くはないようにも思うが(森茉莉や幸田文などの作品はあるが)、若くして亡くなったことは無念であったと思うが、これほど自由に生き、娘たちにここまで愛されていた著者の父は、かなりの幸せ者だったといえるのではないかと思う。

プライベートな事柄のようでありながら、台湾と日本という大きな交流を描き出している点もユニークだし実に美しい作品といえると思う。

(12年1月発行)