謎の1セント硬貨　　　　　向井万起男　　　　　　講談社　　

「宇宙飛行士向井千秋さんの夫が書いた本」というだけで十分話題性があるといってよいが、だからと言ってその程度の話題性だけでは直ぐに飽きられると思うのだが、妻のことを書いた著書も数冊あるものの、一エッセーストとして著した何冊かの本もかなり評判を取ったというから「向井千秋さんの夫」だけが売りというわけではないことは明らかだ。

著者の本職は心臓外科医であり、日本一のメジャーリーグ通を自認するなど多彩な趣味人でもある。

本書には、勿論「向井さんの夫」という話題性部分も適当にちりばめられてはいるが、休暇を利用してヒューストンで宇宙飛行士としての日々を送る妻と共に巡ったアメリカ国内旅行、妻とのアメリカ生活で感じた様々なアメリカにまつわる薀蓄、あるいはメジャーリーグの話題と、読者を飽きさせない中々面白いエッセーとなっている。

アメリカにある程度滞在（長期旅行でもよいが）して暮らしたことがある日本人なら、ふっと感じる、アメリカの不思議、例えばアメリカのトヨタ社販売店はなぜあんなに馬鹿でかい星条旗を掲げているのか、アメリカのマクドナルドの店は何故、外から北客が、従業員に気付かれないでトイレに行ける構造になっているか、といった、中々まともに質問できない（多分しても答えてもらえそうもない）疑問をネットのメールを使って大真面目に問いかけて、それに寄せられた様々な回答を紹介する、という著者の茶目っ気に満ちた好奇心（ある意味では少年の好奇心と積極性）は愉快だし、なんだかより深くアメリカという国とそこに住む人々を知ったような気になれる。しかもそんな著者の質問の中には、アメリカにおける差別の歴史、日系人強制収容所問題といった現代アメリカが余り触れて欲しくはないだろうと思われる事柄までしっかりと含まれている点に、著者が単に茶目っ気だけでアメリカを見ている訳ではなく、より深くその歴史や人々を知りたがっていることが分かる。

立派な妻に隠れがちな人かと思ったら大間違い、著者も中々、才能豊かなご仁とお見受けした。

(09年2月発行)