食べる。　　　　　中村安希　　　　　　　　　集英社　　

旅行先で見た風景、名所、旧跡といったものの記憶は意外と早くに忘れてしまうものだ。

ところが旅行先で摂った食事、飲んだ酒、といったものの記憶はそれが変わった物、珍しい物でなくても意外と覚えているし、その時のレストランの雰囲気、旅行仲間との会話を思い出す誘導剤になり、ひいてはその旅全体（見物した名所、旧跡なども含めて）の記憶を蘇らせるきっかけにもなる。

それはやはり「食べる」という行為が、人間の生きて行く為の根源的な行為であり、ある意味では生きていることそのものであるからなのかもしれない。

1979年生まれの著者が、（うら若き女性の）旅先としては変わっているといえる世界の辺境ともいえる国々を旅したというだけでも中々特異な旅行記になると思うが、本書ではそれに加えて、それらの辺境の旅で食べた物、飲んだ物を「旅行記」の中心にすえるという二重に凝った紀行にになっている。

旅行者達には「ゲロ雑巾」などともよばれるエチオピアのインジェラ、ネパールではヤギの内臓を食べ、ガソリンの味がするグルジアの赤ワインを啜る―――といった体当たりの食が綴られるこの紀行には、若き女性である著者が、旅というものが本来持つ「生死を賭けるといった非日常」を体現していくというアンバランス差に大いに魅力がある。

エジプトにいた時、日本への一時帰国からエジプトに戻るとかならず1週間位、腹を下したものだが、それ以降は旅行者なら一発で腹を壊すといわれるエジプトの水道水を飲んでも平気になった。

その地の食べ物を食べ、その地の水を飲むことが、すなわちその地に住む人たちに同化するということであるということを身に染みて感じたものだったが、著者の旅行は、まさに訪問先の人々と同化したいという思いに突き動かされたものだったのだろう。