池田勇人　　　　　　　藤井信幸　　　　　ミネルヴァ書房

「所得倍増」のスローガンを掲げ戦後の日本経済の高度成長の礎を築いた池田勇人だが、05年に読売新聞が実施した「戦後日本の発展の功労者」に関するアンケート調査では、第一位田中角栄、第二位吉田茂、第三位佐藤栄作などの後、漸く第六位に名前が出てくるに過ぎない。

田中の日中国交回復、吉田の講和条約、佐藤の沖縄返還、といった派手な外交的業績に比べ、池田が総理就任時、側近に「総理となって何をやるのか」と問われてこたえたという「経済でいくんだ！」は、当時も現代においてさえも、「理想の総理像」が目指すべきものとは考え難いものだったということ（いわゆる「政治は金勘定とは違う！」といった経済蔑視感情）ではないだろうか。

本書は、今やその功績を忘れられつつある池田勇人の優れた評伝である。

一校東大というエリートコースに乗ることに失敗、五校から京大という大蔵官僚としては傍流系列から出て、大蔵官僚としても「赤キップ」といわれる出世街道から外れた道を歩み、しかも病気によって一旦は、退職するという苦節の道を歩みながらも、復職、その常ならざる豪腕を発揮しついには大蔵次官に栄達、政界に転じてからは初当選で大蔵大臣となり、時の吉田首相の全幅の信頼を得てついには総理となったという、波乱万丈の道のりは、今の玉石混交というよりは石ばかりの政界を考えると、なんとも胸のすく夢のような話だ。

官僚出身の政治家であり、党人政治家的な腹芸が得意ではなかっただけに池田には特に政治家としての初期に「貧乏人は麦を食え」「中小企業の5人や10人が―――」といった「失言」が目立つが、徐々に「低姿勢」で知られるような調整型に変身していく過程（それが池田らしさを失わせる原因にもなったのだが）なども、おぼろげながら覚えている自分の池田像がより鮮明におもいだされてなんだか随分なつかしかった。

池田は日本の経済成長を目標に上げながら、その究極の目的は「日本の人づくり」にあったという。今の経済の為だけの政治、金儲けだけの為の経済という現状をみるにつけ、今、池田が宰相であったら――と思わずにいられない。

(12年1月発行)