イスラーム文化　　　　　井筒俊彦　　 　   　　岩波書店　

エジプト駐在の際にイスラームに囲まれていた所為もあって随分とこの宗教について学び、更には色々な経験をしたものだったが、一番感じたのは、この宗教の論理構成というか、そのあり方が我々日本人のそれとも、同根の宗教であるといわれるユダヤ教やキリスト教とも全く違うということだ。

イスラームの唯一の経典が「コーラン」であることはよく知られているが、キリスト教の経典である「聖書」などとは違い、「コーラン」にはいってみれば箸の上げ下ろしまでことこまかく規定されている。経典というよりは、生活指示書のようなものだということだ。

すなわち、イスラーム教徒は息をし、物を食べ、排泄するまで一々「コーラン」という神の言葉に従うことを求められているのだから、キリスト教や仏教のように、人間は「自分の時間」とか「自分だけの自由」というものを与えられていないともいえる。

しかもコーランは、モハメッドが「最後の預言者」として伝えた「神の言葉」（コーラン）を纏めたものだから「最後」である以上、今後変更されることもないし、付け加わることもない。

1300年も前の神の言葉で、現代の新しい事物にどう対処すればよいのだろう。

一から十まで従わなければならないというコーランに書かれた言葉に違わぬ現代生活というものが果たして可能だろうか。

嘗ては世界で一番進んでいたといわれるイスラーム文化が、今や西洋文明に比べて劣るといわれるのも、変化を拒む（変化を受け入れられない）、コーランの無謬性にあるというのも一理ある考え方である。

本書ではイスラームの原理的な部分が、後世シーア派やスーフィーといわれる派がイスラーム信仰を異端ともいえるほど内面的なものにしていった経緯なども含めて分かり易く解説してくれる。

イランのホメイニ革命の直後に書かれた本書だが、講演記録に基づいてのものであり、若干、古い部分はあるけれど、非常に分かり易いイスラーム入門書となっている。