負債と報い　　　マーガレット・アトウッド　　　　岩波書店　

我々の両親の世代にはまだ「月賦で物を買ってはいけない」といった道徳（？）基準を守る気風があった。

月賦とは「ない金で物を買う」すなわち借金であり、「真っ当な人間は借金などつくらない」という不文律のようなものがあったということだろう。

しかし、そんな両親も家を新築する際にはローンを組んだし、のちには（支払いの際「一回払い」ではあったが）クレジットカードを使っていたようにも思う。（いや、やっぱり使っていなかったかなぁ〜）

今や、我々の日常生活はカードなしでは考えられないが、あれだって厳密に言えば借金（すなわち負債）である。

そもそも国の財政は、税収を遥かに上回る借金でどうにか回っているし、個人も年収をはるかに上回る負債(借金)によって豊かで快適な生活を送っている。なにも日本だけの話ではない。借金なくしては今や世界は回らないといっても過言ではない。

本書によれば、イエス・キリストの時代、「負債」と「罪」は同じ言葉であったという。そう、人類は古くは借金をすることは、罪を犯すことだと考えていたというのだ。

この「借金イコール罪」という、人類のもつ普遍的な考え方は、すなわち負債を負えば、それに対する償いをしなければならない(因果応報）という考え方の基本である。因果応報思想が人間社会を作っているとすら言えるのだ。

この考え方（因果応報）は、逆に考えれば、他人に貸しを作れば、すなわちそれに対する報酬を得るのは当然だという考え方にもつながる。借りた金を返すのは当然だし、利子を添えるのも当然だ−−−という考え方が経済を生んだのかもしれない。

負債と報いの関係こそ、人類と他の動物とを決定的に隔てているものかもしれない。

そもそも神だって自分を信じてくれる者に報酬(ご褒美、お返し）として天国を約束している。神だって「信じて貰う」という負債を、天国という報いでつぐなっているのだ。全ての宗教は、「負債と報い」の関係で成り立っているといってもよいだろう。（祈っても何も報酬がないとなれば、誰も祈りはしないだろう）

詩人であり作家である著者による「負債」をテーマにした本書は、経済学者や人文学者が語る表層的な負債問題だけではなく、人間社会の根源的な問題としての負債を語って縦横無尽、実に考えさせられる一冊だ。